古典音楽の個別の曲のご紹介をバッハから始めましたが、文楽・歌舞伎の方面の個別の演目のご紹介は、「芦屋道満」から始めましょうか。
この演目は、1734年の竹本座初演、作者は竹田出雲です。初演を語ったのは、二代目義大夫(政大夫)で、伝えられる処に依れば小音であったが、深く情を語るのに抜きん出て居たと在りますから、多分大変に印象的だったものと思います。時代物でありまして、定法の五段構成となって居ます。勿論、人形芝居の当りを見て、歌舞伎に移され今日に至る迄歌舞伎でも人気の出し物となって居ます。粗筋を、文楽で上演される構成に沿って説明しましょう。
初段・世にも不思議な天変が観測され、何だろうとの議論が宮中でなされます。天文博士の加茂某が急逝した後ですので、娘の榊の前が呼ばれます。彼女は、自分の知識など何にもなら無いから、家に伝わる秘伝の書を、父の高弟の芦屋道満か安部保名に伝えたいと言います。籤で決める事になります。この高弟の二人に夫々支持者が居て暗躍を開始します(大内の段)。
加茂博士の館で、籤を引く段になり、故博士の夫人が件の秘書を隠した上、籤を引くに当り当該の本を出すべきと言います。本が無くなって居る事と、保名からの恋文が見つかり、榊の前は、疑いが集中する中潔白を誓って自害します。恋人の突然の死に、保名は正気を失い外に迷い出ます(加茂館の段)。
二段目・物狂った保名は、春の野を、榊の前の小袖を手に彷徨います。其処へ、榊の前に瓜二つの女性が現れ、彼は突如正気に返ります。この女性は、榊の前の妹で葛の葉姫と言い、正気に戻った保名は深い愛情を抱きます。そこへ、葛の葉に横恋慕する石川某が狐を狩りながら現れます。追われた狐を保名は匿います。一緒に葛の葉が居るので、石川は無体に言い寄ります。保名の家来の与勘平が追い散らします。与勘平が葛の葉を送って行った後に、戻って来た石川に保名は散々に痛めつけられます。今度は葛の葉が出て来て優しく介抱をします(保名物狂いの段)。
四段目・行き掛り上都へ帰れない保名は、それから阿倍野に、助けてくれた葛の葉と隠れ住んで6年、男の子(安部童子)も生まれ育って居ます。葛の葉姫の父親である庄司某(榊の前の父でもある)は、石川の姦計に嵌り、領地を失い苦労の年月を重ねます。娘の葛の葉も、保名恋しさに病勝ち、そんな中やっと保名の居所を知り、6年前の約束を頼りに、親子三人で阿倍野を訪れます。やっと探し尋ねて辿り着きますと、家の中にもう一人葛の葉が居るので、仰天します。丁度帰り着いた保名も、同様に驚嘆します。三人を物置に隠し、何食わぬ顔で保名は家に入り「庄司夫妻に出会った、もう直ぐ来るだろう」と言って奥に入ります。実は、安部童子を生み、6年一緒に暮らしたのは、石川に追われて保名に匿われた狐だったのです。狐葛の葉は、寝ている童子に向って思いの丈を嘆き、今は元居た森に帰ると歌を残し、狐の姿になって姿を消します(葛の葉子別れの段)。
「会いたければ信田の森に来て」との歌が残って居た事から、保名と葛の葉姫と童子の三人は、信田の森に行きます。またまた悪人の石川が邪魔をします。与勘平が大活躍をします。どうも活躍のし過ぎと思いますと、実は狐の仲間の野勘平が一緒になって助けているのでした。こうして、三人は無事に家路に着きます(信田の森二人奴の段)。
以上が、文楽での通例の上演の粗筋となります。お判りの通り、安部保名とその子清明に関わる話になって居ます。安部清明の誕生に関しての伝説が幾つもある中、これはその集大成とも言えるのだと思って居ます。尚、“しのだの森”は、“信太”と書く方が多そうですが、文楽上演時の筋書きに沿い“信田”と致しました。
関連のお話は、次回にご紹介致します。