悲劇が多い浄瑠璃の物語では、何れ何らかの形での別れが出て来ます。心中の処で触れました近松の名作「曽根崎心中」は若い二人のこの世との別れになる訳です。これを彩るのが浄瑠璃の名文句でありまして、「この世の名残、夜も名残、死にに行く身を喩うれば、あだしが原の路の霜、一足づつに消えて行く、夢の夢こそ哀れなり、・・・」と続きます。別れが切羽詰って観客に迫って来るのです。
時代と趣向の処で触れました「菅原」では、格段に親子の別れが描かれます。二段目では、菅丞相と養女の刈屋姫の別れが出て来ます。三段目では、三つ子の父親白太夫と息子の一人桜丸の別れが語られます。四段目では、三つ子の一人松王丸と息子の小太郎の別れが涙を誘います。夫々全く状況の違う別れですので、太夫の語り方も三味線の響かせ方も、人形の遣い方も沢山の工夫がなされて居り、各々の別れを際立たせて居ます。
「会うは別れの始め」と言う文句が在りますが、会った途端永の別れをしなければならない、そんな浄瑠璃もあります。「伊賀越」の沼津の段では、立場上敵同士になってしまった親子が、それこそ何十年ぶりに出会います。先に立場の違いが判りますので、二人共名乗れません。親父の平作は、息子の重兵衛に「親父さん」と言って貰う為にも、己が命を絶つのです。
「重の井子別れ」も、久し振りに出会った母と子が、その境遇の余りの違いに、母子の名乗が出来ないで別れます。その母親の愁嘆が見せ場となっているのです。「阿波の鳴門」のお弓は、巡礼となって居るわが子のおつると話をするうちに親子と悟りますが、夫への気兼ねもあって名乗れません。その内、行き違いでこのお鶴は父の十郎兵衛に殺されてしまうのです。
全然趣向の違う別れもあります。「芦屋道満」の葛の葉は、阿部保名の妻で清明を二人の子として儲けますが、実は保名に助けられた狐なのです。この狐が姿を借りていた本物の葛の葉姫の出現に、夫や子を捨てて森へ帰って行きます。「三十三間堂」のお柳は、実は歳を経た柳の精なのです。人の女房となり、ここでも子供を儲けますが、三十三間堂の棟木が腐って居る事が諸方に祟っているので、あの柳の巨木を切って建替えろとのご託宣に、切られて仕舞います。そして夫や子に見送られて引かれて行くのです。この二つの例は、人間でない物を登場させ、人間同士の別れより、端的で且印象的な別れとして描き出すのに成功していると感心させられます。
そうかと思うと、折角敵と面と向って会ったのに、何の彼のと理由を付けて“後日を期そう”と別れる段切れも多く見られます。「太功記十段目の尼ヶ崎」等が典型です。実録の方の結果を観客全員が知って居るので、殺し合いを舞台でさせない工夫なのかな等と考えたりします。