バッハの曲を紹介していて、一つ気になった点が在りました。それが今回の話題である「通奏低音」です。独奏楽器が何と何で、他に弦楽合奏と通奏低音と言った形でのご紹介が何回かありました。何と無く聞いた事はあっても、どんな物であるかご存知の方は、限られて居るかも知れませんので、以下に取り上げて見ましょう。
通奏低音とは、別名“数字付き低音”とも呼ばれ、所謂バロック音楽の大きな特徴の一つとなって居ます。バロック音楽の時代の事を“通奏低音”の時代と呼ぶ人さえ居る位です。一言で言って仕舞えば「特殊な演奏習慣(約束)を持つ低音のパート」と言えますが、これでも何だか判りませんね。もう少し具体的に見て見ましょう。
実はこの“低音のパート”の楽譜は、実際には一段しか書かれて居ないのです。例えば“トリオソナタ”と呼ばれる三つのパートからなる楽曲は、高音部の楽器の為に二段の楽譜が書かれ、低音部の為に一段のみ書かれて居るのが普通です。その代わり、この一段の楽譜には数字が細かく書き込まれて居ます。この数字は、低音部の楽譜に書かれた音との高さの差を表して居ます。つまり5と在れば5度(ドとソの間隔)3と在れば3度の間隔(ドとミの巾)を意味します。3・5と並んで居れば、3度の音と5度の音(楽譜の音がドであれば、ド・ミ・ソの3音)を指示しているのです。さて、この楽譜で如何に演奏するかと言えば、書かれた音符をチェンバロ奏者は左手で弾きます。右手は、数字の指示する音を使って即興的に演奏をするのです。楽譜にある基音と使う音の指示が在れば、その瞬間の和音が何であるかは、自然に決まります。その和音を一度に鳴らしても、分散して鳴らしても良いのですし、又鳴らす時のリズムの作り方等が、演奏者の即興に任されて居るのです。当然の事乍ら、曲のその瞬間の状況等を良く考えて、全体が一層印象的に且美しく響く様に演奏するのが第一義ですから、全く他の演奏者を無関係に勝手に弾く訳では在りません。でもこの即興性が大きな特徴となって居るのです。
さて、低音部はチェンバロだけと言う場合も在りますが、それよりも普通には、ヴィオラ・ダ・ガンバ(バロック時代のチェロの仲間)やチェロと言った楽器が加わります。もっと大きな編成となる場合には、コントラ・バスだのファゴットと言った楽器も加わります。これら、数人の低音パートの人々を総称して「通奏低音部」と呼ぶのです。でも、申し上げた通り書かれた楽譜は一段のみですから、パートの全員が夫々を良く理解して、受け持ちを決めて低音部を充実したものと作り上げて行く訳です。勿論実際の演奏に当たっては、誰かが適宜この一段の譜を編曲して、パート全員がそれに従って演奏する事も多いのだと考えます。
ギターをお弾きになる方は、楽譜のコード進行に似て居ると思われませんか。その通りでして、この数字付きの楽譜は、曖昧な事(それが良かったのでしょうけど)と演奏者に勝手に演奏される事を嫌って、クラシック音楽の中からは、古典派の登場と共に姿を消しますが、ギター譜には名残が残ったのだと思います。
「通奏低音」と言うのは、見て来た通り、楽曲の進行に合わせて、よりこれを盛上げるべく、高温部の動きを支え、自発的に展開して行くやや特殊な演奏形式(乃至約束)なのです。つまり、字面から想定される様に、同じ低音の音が持続的に鳴る訳では無いのです。でも、この言葉は使い勝手が良い様で、例えば「平和の尊さが会議の通奏低音となって居た」とか、「自然に優しくが時代を通低する思潮であった」等とも使われますが、どうもその使い方は、当初の意味合いとは、若干異なって居そうに思います。
昔、未だ若かった頃、長く西洋の古典音楽を聴き続けた人は、結局最後に誰の曲に行き着くのかな等空想した事があります。どうも、その年頃に近づきつつある感じがして来て居ますが、今、この質問を受けたら「バッハかモーツアルトでしょう」と答えるのに躊躇は在りません。ですから、この個別の曲目のご案内をバッハから始めたとも言えるのです。このバッハですが、学校の教育課程の中の音楽鑑賞の時間等で、例えば、どの解説書にも極め付きの名曲とされて居るオルガン曲の「トッカータとフーガ・ニ短調」等を聴かされますと、フーガの部分が始まった途端、何が何だか判らなくなり、つまりは「バッハはややこしい、難しい」と結論付けて仕舞い勝ちです。そしてそのまま、食わず嫌いで、時間が過ぎると言う人が大勢居そうです。そこで、そうで無い印象を持って頂けるかも知れない曲として二曲ご紹介致しました。そのバッハの三回目は、「音楽の捧げ物」を取り上げます。
当時のドイツの大国プロシアの王様であったフリードリッヒ(大王と呼ばれて居ます)は、実はフルートの奏者でも在りました。この王様の宮廷楽団に、バッハの息子の一人であるエマニエル・バッハが就職して居まして、ある時、大バッハが表敬訪問したらしいのです。王様は、或る主題を彼に提示して、それを素にフーガの即興演奏を求めました。こんな事は、作曲家に取っては、当時言わば日常茶飯事でしたので、難なく為遂げますと、王様は大変に喜ばれたらしいのです。そこで彼は、地元に帰って後に、更に同じ主題を使って幾つかの曲を書き加え、大王に献呈したと言われます。ここからこの曲の題名「捧げ物」が由来する訳です。
曲は幾つもの小さな部分に分かれて居まして、どう勘定するかも難しい処です。と言うのも、全体としては組曲風に纏まって居る数曲の楽曲の内、楽器の指定があるのが三曲のみで、且、演奏する順番も定められて居ません。ですから、演奏者の解釈に依り種々の演奏が可能なのですが、殆ど決まった順で演奏されますし、楽器の編成も、フルート・ヴァイオリン・チェンバロ・チェロ等の室内楽風にするのが普通の様です。王様の事を慮ってか、フルートがとても印象的に活躍致します。後半にトリオ・ソナタと呼ばれる部分が来て、最後に「永遠に続くカノン」と呼ばれる短い部分で終わります。
大王の主題は、冒頭にチェンバロで提示され、同じ主題が度々出て来ますので、直ぐにそれと判ります。ゆっくりとした内省的な主題です。この主題を使って続けますので、曲全体が静かな印象の穏やかな表情を見せて呉れます。そこにはバッハの後輩達が好んで展開した、絶望も無ければ悲哀も在りません。歓喜の爆発も無ければ、怒りの絶叫とも無縁です。
曲の成立のエピソードを考えれば、大王への深い感謝と大きな敬意に満たされて居ますと言うのが、解説書の説く事ですが、別に大王が居なくてもこの曲の素敵な姿は誰にでも感得可能な世界だと思われます。朝になれば日が昇り、秋になれば実りを約束して呉れる自然に対する感謝の曲として聞いても一向に構わないと考えます。
所謂モダン楽器に依る名演として、ニコレのフルートとリヒターのチェンバロの盤を長く愛聴して居りました。最近は古楽器に依る演奏の方が主流かと思います。アーノンクールやクイケンの盤も楽しく聞けます。
夜が長くなって来た頃、この曲で書斎を満たし、静かに寝酒を傾けるのは、何とも気持ちの良い瞬間なのです。
前回は、バッハの「管弦楽組曲」を取り上げて見ました。後2曲程バッハを続けましょう。バッハと言うと、いきなり拒絶反応を示す人が少なく在りません。その理由を尋ねますと「難しい」とか「判り難い」等の答えが先ず返って来ます。さて、本欄をお読み下さる方々は、既にご承知の事でしょうが、音楽とは、頭で理解して聞くものでは在りませんね。先ずは心地よい音の流れとして聞えて来るかが問題な訳でしょう。その心地よい音の流れは、何回聞いてもそう聞えるか、或いはより複雑な思いを呼び起こしながら度毎に新鮮に聞えるか、はたまた直ぐに厭きてしまうか、この辺りに当該の曲の持つ根源的な価値が見え隠れしそうです。
刺激の多い且その刺激が徐々に大袈裟になりつつある現代に於いて、バッハの曲は、編成も小さく、表現方法も繰り返しの様な同じに聞える部分が多いので、言わば人を驚かす様な訴え方は在りません。しかし、聞いて居てこんなに安心出来る曲も少なく、だから何回聞いても何時も新鮮に響きます。その様な曲が、前回の組曲であり今回の「ブランデンブルグ協奏曲」なのです。
この曲は、実は6曲の塊全体を呼びます。個別には一番から六番迄の番号が付いて居ます。全体の特徴は、独奏楽器が複数登場する「合奏協奏曲」と呼ばれる範疇に入りますが、その独奏楽器群は、個々の曲により異なります。
先ず一番。ヴァイオリンが主役でこれにホルン・オーボエ・ファゴット等が独奏群を構成し、弦楽と通奏低音がこれに加わります。
第二番。トランペット・フルート・オーボエが独奏楽器で、中でもトランペットの活躍が印象的な曲です。
第三番。弦楽合奏と通奏低音とで演奏される曲で、独奏部分はこれらの弦楽器が適宜受け持ちます。
第四番。ヴァイオリンと二本のフルートが独奏楽器です。このフルートは時に縦笛(リコーダー)で演奏される事もあります。第二楽章のフルートが断然素敵に響きます。
第五番。フルート・ヴァイオリン・チェンバロが独奏群を為します。中でもチェンバロが印象的な活躍をします。6曲の中で一番人気の高い曲となっています。
第六番。ヴィオラとヴィオラ・ダ・ガンバと呼ばれるチェロの類の楽器、それにチェロが独奏楽器群を作り、合奏弦楽器は居らずにあとは通奏低音のみと言う、極めて特徴的な曲です。
こうやって纏めて見ますと、実に多彩な曲の構成になって居ます。一つには、どうやらこの曲は、就職運動の為もあってブランデンブルグ侯に献呈された様なのですが、自ら融通無碍な作曲の才能を展開しようとしたとの解説もあります。又、演奏をする機会に依って夫々に異なる楽隊の編成に素直に合わせて曲を作り上げられる才能・即ち偉大な職人芸の極致である等の解説もあります。そんな解説を聞いても、何かが判る訳では在りませんね。
端的に聞き入って見て下さい。バッハの楽天的で、“人”への肯定的が見方が健康に響いて来る筈です。
演奏は、組曲と同様にモダン楽器での演奏と古楽器でも演奏が入り混じり沢山あるかと思います。安かったでもジャケットが気に入ったでも宜しいので、先ず一枚手にして見て下さい。そしてそれを何回も聞いてやって頂きたいのです。勿論実演のチャンスが在りましたら、これに越した事は在りません。