オルガンは教会の中に育ちましたと申し上げました。ですからヨーロッパの教会音楽と呼ばれる種類のものの中には山の様にオルガン曲が在りそうです。教会の礼拝等の手続きは皆目知識がありませんが、式の始まりの序奏から、聖歌だの賛美歌だのの伴奏、或いは聖体拝領だの献金だのの会衆の参加する儀式の折のバック等に使われたのでしょう。これら教会音楽としてのオルガン曲のモチーフと言うかメロディーは、多くの場合、グレゴリオ聖歌だの賛美歌だのから取られた様です。聞く人達は、基本的にこれらの元の歌そのものを知って居るので、オルガンから聞こえて来た時の感興も一入であったものと推測されます。バッハにもこれら教会音楽としてのオルガン曲が沢山在ります。唯、彼が活躍したバロックと呼ばれる時代になると、器楽曲としてのオルガン曲も書かれる様になり、又その作者の名前も残り始めます。バッハには、教会音楽としてのオルガン曲に「コラール前奏曲」と呼ばれる大きな塊が在りますし、同時に器楽曲的性格のものとして、対位法を駆使した「前奏曲とフーガ」と言った名前の曲も、大きな塊を作っています。ヘンデルには、10曲以上のオルガン協奏曲が残って居ますが、これらも器楽曲の性格の強いものと考えて宜しいかと思います。
でも余程オルガンの音とオルガン曲の基本的な語法に慣れないと、どうも同じ様に聞こえて仕舞い、中々馴染めないのがオルガン曲なのです。そこで、普通の曲を普通に聴いて居て、中に出て来るオルガンに接する事が出来ると言った類のものを幾つかご紹介しましょう。
・ フォーレ「レクイエム」 鎮魂ミサ曲ですから、教会音楽の一種と言えます。ミサ曲でもオルガンの入らない曲も在りますが、この曲では重要な役割を担います。それが良く現れるのが第4曲のピエ・ジュスと呼ばれる部分で、全曲のハイライトとも言えるのですが、弱音のオルガンに抱きかかえられる様にソプラノの独唱が出て来ます。実に印象深いものが在るのです。この曲を通じて、オルガンと管弦楽と声楽の有機的な繋がりを聞きとる事が出来ますので、オルガンが身近に感じられる曲の一つです。
・ R・シュトラウス 「ツアラトストラはかく語りき」この曲の出だしは、金管のファンファーレと続く全員の合奏、それに大音量のオルガンが重なる形で始まります。実に印象的で、たしか何かSFのアニメにも使われたと覚えて居ます。オルガンの力の凄さを身に染みて感じる事の出来る一瞬なのです。
・ サンサーンス 「交響曲第三番」この曲は、通例の交響曲なのですが、二楽章構成になっています。そして、その二つの楽章共、後半の半分位にオルガンが入ります。第一楽章は、主題の提示が終わってオケが鎮まった処に、オルガンが弱音で入ります。直ぐ後にペダルの重低音が鳴りかなり戦慄的に聞こえます。このペダルの低音はその後次々に聞こえ、その上にヴァイオリンが重なったりピアノが乗ったりと、面白い効果も聞こえて来ます。第二楽章のオルガンの出は強音で飛び出し、そのまま展開に付き合いクライマックスに達します。この曲を聞きますと、オーケストラの音とオルガンの音が対比的に聞こえまして、オルガンが一層身近になります。
序に何と言う事も無い小さなお話を一つ。バッハの一世代前の作曲家にシャイトと言う人が居ます。この人も膨大なオルガン曲を残して居ますが、中に「凛々しい騎士の変奏曲」と言う短い曲があります。これを聞いて居ますと、昔習った唱歌の一節「あれマツムシが鳴いている」と言う処のメロディーが殆どそのまま出て来ます。オルガン小品集と言ったC/Dに入って居たらお聞きになって見て下さい。何、それだけの話です。
イギリスに続き南洋のシンガポールに長い事勤務致しまして、オルガンの事は忘れて居ました。シンガポールでも大きな教会には、それなりのパイプ・オルガンが在りましたが、ロンドンで十分に聞いたので、他に興味が移って居たのです。この間日本の状況はと言いますと、先ず紅白歌合戦用に造られたNHKホールには、上手側の壁面に大きなオルガンが出現しました。その後、80年代に新設された音楽ホールには、大概大型のオルガンが設置される様になったのです。中でも池袋の芸術劇場のオルガンは、パイプを格納する綺麗な箱が客席に向って三つ並んで居ますが、これが何と180度回転出来るのです。そうすると異なったデザインの収納箱が現れまして、その時の演奏される曲想に合った方を使うと言う、面白い工夫迄なされるホールとなって居ります。こんな訳で、今では、パイプ・オルガンの実際の音に出会うのに、さして困難は無い状況となって居ます。
さて、そのパイプ・オルガンの構造を少し見て見ましょう。
パイプ・オルガンは、人が笛を吹く事を機械にさせるものと言えば、分りが早いのでは無いかと思います。笛には、大きく分けると二種類の笛が在ります。フルートやリコーダー、日本の楽器ですと横笛や尺八の様に、吸い口に息を吹きかけて音を出す種類と、オーボエやヒチリキ・チャルメラの様に、途中に弁を組み込んでこの弁を震わせて音を出す種類の二種類です。オルガンにもこの二種類の性格の異なったパイプが基本として揃って居ます。その他、クラリネットの様な音を出す管とかトランペットの音を模した管等の種類があります。では、鍵盤の数にこの管の種類、例えば4を掛けた数が、そのオルガンの必要なパイプの数でしょうか。原理的にはその通りなのですが、出しうる壮麗な音場であるとか重厚な音の重なりであるとかを、実際に出そうと思うと、その何十倍ものパイプが必要になってきます。管の太い細いであるとか、殆どが真っ直ぐな管に見えますが中には中膨れの管も在りそうですし、管の先が開いて居るものと閉じて居るもので音程も音質も異なってきそうです。人が笛を吹く時には、奏者は息の流量を微妙に調整しますが、オルガンのパイプは鳴って居るか居ないかの二つのみの、その意味ではデジタルな性格が基本なのです。ですから、音量や音質は、鳴らす管の性格だの数だので制御する事になります。ある種類のパイプは、鍵盤の数だけ細長い箱に埋まっていまして、そもそもこの箱のパイプを鳴らすか否かの制御がストップと呼ばれる機能で、この機能を司るストップ・レバーと呼ばれるボタンの様なものが、鍵盤の両側に幾つも並んで居ます。これを操作して空気が送られる前提が出来上がり、鍵盤を押すとその鍵盤に対応した個別の管の弁が開いてその音が出る、こんな仕組みなのです。この仕組みが古くは全て機械的に出来上がって居りましたから、ストップを変える時や鍵盤を押した時に、作動のための小さな音が出る事があるのです。
さて、こんな仕組みですから演奏台(コンソールと呼びます)は、古いオルガンはパイプ群の真下に、全体にめり込む様な形で作られて居ました。アクションの作り方がそれを要求したとも言えます。現在の近代オルガンはこの仕組みが電気仕掛けになって居りますので、コンソールは必ずしもそこに無くとも宜しいのですが、伝統的な場所に設えられて居る事が多いですね。多くの場合演奏舞台の奥に造られますから、演奏者は席に座ると指揮者に背を向ける事になります。昔はバック・ミラーで指揮者を見ましたが、最近は小型のTVスクリーンで見るケースが多そうです。でも、時には移動コンソールを舞台に持ち出して、指揮者と相対峙して演奏する場合もあります。
パイプ・オルガンの標準の大きさは、鍵盤が二段とペダル、大きな劇場の大オルガンになりますと、鍵盤が5段でこれにペダルが付き、ストップの数が120、パイプの総数が一万本に近い、そんな規模になるのです。ですから、あの独特の部厚なそして華麗な音場が出来るのです。
今から丁度五十年前になります、僕は恙無くと言うかあると言うか、浪人生活を始めるべく東京へ出ました。その予備校生の生活の回転が順調に回り始めた夏休み前に、小さな記事を音楽雑誌で見つけました。日本橋の三越で、週に何回か時間を決めて、オルガンの小コンサートを開いて居ると言う記事です。その頃、東京には作動するオルガンがこの三越と四谷の上智大学の大聖堂の二箇所にしか無かったのです。教会の方へ無闇に闖入するのも憚られましたから、早速この三越に出かけました。大きな吹き抜け構造となっているホールの二階にそれは鎮座して居りまして、取り囲む回廊部や階段には、僕の様な音楽ファンが数十人居たものです。曲は何だか忘れましたが、と言うよりオルガン曲は未だに例外を除くと個別的には覚えて居ませんから何でも良かったのですが、オルガンの音がビルの中全体に響き渡る様に思えて面白かったのは覚えて居ます。何回か通う内にクリスマス・キャロルの耳に馴染んだメロディーが聞こえて来て嬉しかったものです。当時の音楽会堂には、日比谷公会堂はもとより昭和36年に完成した上野の文化会館にも、38年の秋にオープンした日生劇場にも、オルガンの設備は付設されて居ませんでした。ですからオルガンの生の音とはこう言うものなのだと納得したければ、僕の様にしたものなのです。
学校を卒業して、さして日時を措かずに就職した会社からロンドンに派遣されました。彼の地のフエスティバル・ホールには当然にオルガンが付いて居りまして、必要な時には十分に鳴りますし、時には、昼の時間だの公演の無い日の夕刻早く等に、無料のオルガン・コンサートがあり、偶には出向いたものです。コヴェント・ガーデンでワグナーの「名歌手」を聴いた時に、小さい乍ら間違いなくオルガンの音が聞こえて来まして、なるほどと納得したものです。
欧州に於きましては、オルガンは教会の中で育ちました。他の楽器と違い大きな構造物ですので、オルガンは建物が出来る時に一緒に造られたのでしょう、古い教会には古いオルガンが付いて居ます。勿論、必要な修理は怠らなかったでしょうし、昔は人力でした送風(ふいごの操作)も今は当然に電力に切り替わる等の近代化は進んで居ると思われます。然し乍ら、パイプ群の基本的な構造だの、演奏台の機能だの、鍵盤からパイプ迄の命令系統の作動の仕方等の、そのオルガンを特徴付けて居る部分は古いまま残して、しかも今も使って居るケースが多いのです。この事に気が付きまして、由緒有りげな教会に出かけました。もう余り拘る事無く、日曜日の礼拝の時間を調べて闖入して、後ろの方の席に座るのです。新教でも旧教でも、日曜の礼拝の間には何回かそのオルガンが鳴りますから。アクションと呼ばれる、鍵盤の動きをパイプに伝える構造が古くは全く機械的に為されます。つまり、テコを何箇所か使って、鍵盤が押されると当該のパイプの弁が開くのです。この時に、カチャ・カチャと小さな音が出る事があります。最初は何の雑音かと思ったのですが、その内このアクションの出す音と判りました。これもそうだと心得れば、中々宜しいものに聞こえます。
「日曜毎に教会に行く、中々宜しい」とでも思って居たのでしょう下宿の小母さんがある時「一体何処の教会に行くのだ」と聞いたものです。「アッチとコッチとソッチも向こうも」と応えたら、彼女魂消まして「全部宗派が異なるが」と迫ります。「宗派は無関係、オルガンを聴きに行くのだから」と答えて、信用をやや失墜したのも懐かしい思い出であります。
僕は絶対音等持って居ませんので、自信を持っては言い切れないのですが、これら古い教会に付設された古いオルガンは、ピッチがどうも大きく標準から外れて居る事も珍しく無さそうです。ピッチのお話は「古楽」の処で触れましたね(Vol.114、09年5月7日)、あの話です。僕は経巡った教会のどれが低かったとも覚えては居りませんが、ご興味のお在りな方は、注意をなさると面白いかも知れません。
オックスフォードの近くの小さな石造りの教会に行った時の事も良く覚えて居ます。集まった会衆が三十人位、礼拝も質素なものでした。偶々良く知って居た賛美歌が出て来ましたので、日本語で歌ったりしました。この時のオルガンの音が、何とも鄙びた音でしかも健康な情感に満ちて居る様に聞こえたものです。終わる前に牧師からメモが来まして、時間があればお茶に付き合えと言うのです。彼が期待したであろう宗教上の繋がり作りにはならなかったのですが、僕の興味を理解して呉れて種々教えて呉れました。教会は、出来たのが13世紀、オルガンは16世紀のものである等です。此処へはオルガン・ミサに何回か通ったものです。(続く)。