古典芸能入門 » 2009 » 11 月

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古典芸能入門

歌舞伎、文楽、落語に能、クラシックコンサートといわれると、なんだか敷居が高いと思っている方もいるでしょう。 でも歌舞伎にしても文楽にしても昔は庶民の娯楽でした。芸が芸能になり芸術になってしまうともはや文化の領域で自分とは関係ない世界のものと思ってしまったら人生の楽しみは半減します。 このコラムは観客歴40年以上という篠原安心院(しのはらあじむ)さんが、独自の視点で作品を楽しむポイントや役者の話、作品の背景からチケットの買い方、劇場の席を選ぶ方法などがわかる古典芸能をすんなり楽しむためのポイントを優しく親切に教えてくれるコラムです。 安心院さんの厳しくかつ軽妙な文章を読めば、いつしかあなたも古典芸能通になれます。お楽しみに!
2009 年 11 月 のアーカイブ

Vol.141 文楽  「 人形拵え(こしらえ) 《二》 」

2009年11月27日(金)

  前回は、あれだけ印象的で且説得力に溢れる演技をする人形の、骨組みに関して見てみました。結論的に復習しますと、中の骨組みは、肩板と腰輪の二つの部品及びこの二つを結びつける布が渡されて居る、それだけである事がお判り頂けたと思います。つまり肩を形作る板と腰の辺りを形作る竹の輪の二つですから、単純に着物を着せますと、全体がペショとなった感じに出来る筈です。でも見ていて人形はそんな風には見えません。それが、人形拵えとか衣装付けとか言われる手順の中にある人形方の大きな工夫であると思われます。

 

 さて、この板と輪とそれを繋ぐ布だけの基本骨組みからどうやってあの印象的な人形が出来るのでしょうか。それが、「人形拵え(こしらえ)」な訳です。つまり衣装を付けてそれらしく仕上げるのです。歌舞伎ですと、生身の役者が衣装を着ますから、付け人が手伝いなしても基本的にはご本人が着用に及びます。それでも体を大きく見せる必要のある場合とか、痩せ気味に仕上げる時とかには、それ相応の工夫を種々して居る様です。

しかし人形はそうは行きません。誰かが衣装を着せなければならないのです。と言う事は、一旦役が終わりますと、人形はその衣装のまま保存されて居る訳では無くて、衣装も首(かしら)も外して、何時もは骨組みの形で残って居て、次の役が決まりますと、衣装方や床山から必要な鬘だの衣装でのが届けられまして、これを遣って舞台にでられる形に人形を作り上げる訳です。つまり役に必要な衣装が揃いましたら、この衣装を先の基本の骨組みに着せて行かなくてはなりません。実は実際には縫い付けるのです。お客様に向いた人形の正面は特に丁寧に着付けます。先ず綿の入った棒衿と中衿を胴に重ねて縫い付けて(これを衿付けの作業と言います)、この二つの衿に襦袢だの着物だのが取り付けられます。ですから胸のバランスや役柄の特徴を先ずここで工夫します。その上に先に言った襦袢・上衣装・帯・羽織等が重なります。この襦袢も例えば見える可能性のある襟元だの裾だのは着て居る様に見えるけど、でも後ろ側は無い物だのを、順番に縫い付けて行きます。骨組みが肩板と腰輪だけですから、上からふんわりと着せる訳に行きません。その肩板や腰輪更にはこの上下を繋ぐ布、それに一番先に付けた二本の衿、これらに縫い付けて行くのです。この人形拵え(衣装付けとも呼びます)は、主遣いの仕事でありまして、皆さんお裁縫が上手なそうです。羽織も、脱ぐ仕種の無い場合には何処かを止めて置きます。こうして人形が出来上がるのです。肩や腰の関節の動き等は、全く自由に動くのを如何に人の腕や足の如くに動かすのも、人形遣いの腕と言う事になります。

 

 こう見て来ますと、登場人物が途中で衣装を替える時には、違う衣装を付けたもう一体の人形を遣うのも良く判りますし、中で人物が羽織を脱ぐ時等、人形遣いが緊張しながらこの仕種に掛かるのも、その理由が良く判ります。お裁縫が特異な人形方の人の中には、黒衣遣いの折に着用する黒衣をご自身で縫い上げる方も居られます。

 

 激しい立ち回りや、テンポの速い連れ舞等を演じても、人形の衣装等に乱れが生じないのは、それらの衣装がキチッと縫い付けてあるからなのですね。

posted by 篠原安心院 at 09:17AM
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Vol.141 文楽  「 人形拵え(こしらえ) 《一》 」

2009年11月20日(金)

  文楽の舞台を観に行きまして、最初に印象深く迫るのが人形の仕種と言うか人形の行う芝居です。実に細やかに僕達の立ち居振る舞いを写すかと思えば、次の瞬間には人間ではとても出来ない動作をいとも簡単に演ってのけます。そしてこれ等の仕種が積み重なって、役者が実際に自分達の体を使って演じる歌舞伎の演技とは、全く良く似て居る箇所と全然違う表現の仕方をする箇所とが、綯い交ぜになって、人形の芝居が進みます。人形の方が表現が多彩で且純粋に見えるので感慨深いと仰る方が多く居られる所以になります。文楽を実際に楽しみ始めて暫くしますと、さて、あの人形はどうなって居るのかしらとの疑問が浮びます。立役の人形を見ていますと、手だの足だのが視界に入って来る事があります。ですから多分胴体も腰もあの様に木で作られて居るのかしら、肩や腰の、腕とか足とかとを繋ぐ関節はどうなって居るのかな、そんな疑問な訳です。今回はその人形の、見えて居る衣装の中等のお話です。

 

 寛政12年と言いますから西暦では1800年丁度かしら、(伊能忠敬が全国の測量を始めた年辺りです)、大阪で出版された「戯場楽屋図会拾遺」と言う本があります。その中に人形浄瑠璃関連として「人形全体之図」と言う一枚の絵が残されています。この絵は、実に良く描かれて居る事と、実はその後大きな変化は無いと言う二つの理由から、今でも文楽の人形の解説の項等に良く引かれます。これを仔細に見て行きますと、驚くべき事が判ります。人形の胴は、肩の部分を作り上げる(と共に人形全体の姿勢―立ち姿とか座って居る等ですーを、基本的に定める為の)役目を担う部分が先ず在ります。之は、真ん中に穴が開いた小判型の板(これを肩板と呼ぶらしいのです)で出来上がって居ます。この肩板の下に、腰の部分に相当する竹製の輪(これを腰輪と呼びます)が在りまして、この二つの部分で出来て居りまして基本的にはそれだけの様なのです。この上下の部分を繋ぐのは、体の前と後ろに上下にたらした布で繋いで居る、どうもこれだけが基本の骨組み様なのです。肩板の両端の部分には、肩の丸みを出す為の工夫として糸瓜が成型の上取り付けてあります。手や足は、何と肩板や腰輪から単純に吊ってあるだけの様です。ですからこれらの簡単な部品の大きさや相互のバランス等が重要になります。立役と女形の姿の差も、この辺りの選択により決まって来ると言う事なのでしょう。人形遣いが遣う為には、出来るだけ軽く仕上げる事も大事なので、それを追求するとこう言う事になるのだと思います。そしてそれがほぼ完成されたのが二百年も前であり、未だに大きな変化無しに遣われて居るらしいのです。

 

 と言う事は、肩の部分こそ一応芯となる肩板で支持されては居ますが、その下の胸から腹に掛けての実在感とか腰の部分の充実感等は、上に着せる衣装と、そして何より、人形方の使い方の工夫とで表す事になります。吊ってあるだけの手は、例えばやろうと思えば右の手を後ろに廻して背中を越えて左の耳に触る等と言う事も不可能では無い筈です。でも人の体はそんな風には出来ていませんから、やれば全く不自然になります。そんな仕種はしないのも、人形方の腕になる訳なのです。

 

 次回はその衣装を着せる仕方を見て見ましょう。

posted by 篠原安心院 at 08:39AM
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Vol.140 文楽  「 舞台下駄 」

2009年11月13日(金)

  文楽の人形方、人間国宝の吉田蓑助は時に「二足の草鞋を履く人形遣い」と言う言い方をします。通常二足の草鞋と言いますと、表看板の商売と言うか仕事の他にもう一つの仕事を持つと言う意味なので、この言い方を聞いただけでは、「何を言うのかな」と一瞬不思議に思います。序に頭がもう半回転しまして、そう言えば太夫も三味線方も、舞台での正規のお仕事の他に、素人衆の旦那方をお得意にした浄瑠璃のお師匠さんのお仕事のある人も居るだろうが、多分人形方にはこのお役目は無さそうだ等、余計な事迄考えたりします。さて、蓑助師は何を言って居るのでしょうか、今日はそのお話です。

 

 実は、蓑助師は、人形方のなかの主遣いの履く「舞台下駄」のお話をして居るのです。前々回お話しました様に遣って居る人形の足の来る位置から約84cm下に人形遣い達が立つ床が在ります。こうなると遣う人形の大きさに依っては、特にその人形が立って芝居をする様な折りには、全体を高く差し上げる形になります。こうなるとやや遣い勝手が悪いのです。ならば、船底や手摺の高さを低くすれば良いとも考えられますが、実はそうは行かないのです。あの床から手摺の上迄の84cmは、第三の人形遣いである足遣いの姿勢を少しでも楽にしようと言う全く別の意図からも重要な空間な訳です。これ等の事から、主遣いは高い箱形の下駄を履いて人形を使います、この下駄の事を「舞台下駄」と呼ぶのです。この下駄の高さは、20cm位から高いものでは50cmもある物もあり、主遣いの背の高さと遣う人形の大きさとに依って、使う下駄の高さは自然と決まって来るものの様です。この下駄は、床の上を音を立てずに履きたいものですし、自然と滑って欲しいし、と言って止まる時にはキチッと止まって機能して欲しいと言う、難しい要求に応えて呉れなければなりません。その時に頼りになるのが草鞋だそうで、片方に一足分ずつ両足分を合わせますと都合二足の草鞋を使って舞台下駄は用意が出来上がります。蓑助師が言う二足の草鞋とはこの舞台下駄の履く草鞋の事を言って居る訳で、文字通りに物理的に二足の草鞋を履いて居るのです。

 評論家やメディアの人の中には、楽屋に遊びに行ってこの舞台下駄を試しに履いて見る人も居るのですが、全員が、初めて履いた時は履いて立ったきり、少しも動けなかったと感想を書いて居ます。履きこなす為には時間も掛かり練習も必要な事なのであろうと思って居ます。

 

 僕は出会った事は在りませんが、時には稀にこの舞台下駄の操作が狂って転ぶ主遣いも居るらしいのです。主遣いは両手が人形を操作して居り、転んだら派手に転びそうですが、万一そうなりそうな瞬間には、いち早く察した足遣いが支える事になって居るとの話が、昔の人の芸談等で伺えます。足遣いも忙しいお役目な訳です。

 女形遣いの見せ場の一つに「後ろ振り」がありますとは、時々書きました。この後ろ振りは、人形の後ろ姿を中心にその捩れた形の美しさを際立たせて見せて呉れます。この時には、人形遣いの姿はなるだけ人形を隠さない様にするのが工夫でして、後ろ振りに入る瞬間に彼らはこの舞台下駄を脱ぎます。実に細かい心遣いが為されて居ると感じ入る事になります。

posted by 篠原安心院 at 08:35AM
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Vol.139 歌舞伎  「 二重の高さ 」

2009年11月5日(木)

  前回は、文楽に於ける人形が芝居をする舞台の大体の造りをお話致しました。中でも舞台の観客寄りの部分が、船底と呼ばれる造りとなっていて、通常の舞台の面から1尺2寸掘り下げてあり、これが人形を遣う時の卓抜な工夫になって居ますと申し上げました。その折、説明を判り易く始める為に歌舞伎の通常の舞台の構成の話から始めました。歌舞伎の舞台も基本的には人形が芝居をする舞台と同じでして、舞台の面の上と一段高い部分の二つに区切られて居り、下の部分を“平舞台”、一段高い処を“二重”と呼ぶ事、この二重の高さは世話物の芝居だの時代物の芝居に依って高さが異なりますと、申しました。今回はこの二重の高さについて見てみましょう。

 

 二重の高さは、実は三種類あります。一番高いのが、「高足」と呼び慣わしまして高さが2尺8寸(約84cm)あります。次が「中足」とか「中高」と呼ばれましてこの高さが2尺1寸(63cm)、一番低いのが「常足(つねあし)」と呼びまして高さが1尺4寸(42cm)となって居ます。つまり7寸ずつ高さが違うのです。

 

 大仰な御殿とかお屋敷等の場合は多くこの一番高い高足の二重が設えられます。この上は、その場面で一番身分の高い人の居所となりますので、その偉さを視覚的にも訴える工夫でもあります。高足の二重の場合、平土間迄はかなり段差がありますので、舞台の中央辺りに上り下りの為の階段が造られます。高足の二重の階段は三段の階段になって居ましてそのまま「三段」と呼ばれます。この三段を上手に使った場面が幾つもあり印象的です。例えば、「熊谷陣屋」だの「盛綱陣屋」だのでは、盛り上がりの頂点で主人公が長袴を捌いて、その片方をこの三段に上手く被せる様に広げて大きな見得を切ります。極めて派手で大きな見得となり印象的です。又、義経千本桜の四段目「川連法眼館」の場では、黒く塗った三段に特別な工夫がなされ、狐忠信が突然この階段の真ん中に現れて観客を驚かせます(この時は、さもその出現が花道からと思わせる工夫も加わり余計に効果的なのです)。時にこの三段が、土盛りを丸太で囲んで作った鄙びた造りの三段になることがあります。これの事を、その見てくれの姿から「入れ歯」と呼びます。吃又だの毛谷村の六助の家等の場面では、この入れ歯の三段が使われ、雰囲気作りに一役買って居ます。

 

 中足の二重はそんなにしばしばとはお目に掛かりません。常足の二重は、これはしょっちゅう出くわします。世話物の作りが多くこの高さだからです。この常足の階段は、三段程には階段と言った感じでは無く、高さを調節する為に置いた足乗せの長いものと言った感じで、何気無く置かれて居ります。寺子屋の源蔵は「首を落とせ」と言われて、首桶を手に、この一段の階段に足を掛けて一瞬松王を振り返って睨みます。そんな時に、その存在が実感されるのです。

 

 さて、中には全く二重を作らない舞台場面もあります。例えば忠臣蔵の六段目「勘平切腹」の場などは、舞台一面が平土間でして、二重が在りません。この一場の中で一番偉い人は「二人侍」と呼ばれる二人の武士ですが、勘平も元々は彼らと同じ身分でしたし、ですから二人を舞台上手側に位置させれば十分で、態々二重を造る迄も無いからなのでしょう。

 

 この様に、舞台を如何に造るかと言うのも、登場人物の身分の格だの、主人公の役者の芝居の仕方だの、種々の理由で夫々に似合った舞台を造るのです。ですから、「今日の舞台は高足の二重だけど、どう使うのかな」等と言う目をお持ちになると、一段歌舞伎が面白く見えて来ると思われます。

posted by 篠原安心院 at 10:10PM
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