古典芸能入門 » 2009 » 10 月

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古典芸能入門

歌舞伎、文楽、落語に能、クラシックコンサートといわれると、なんだか敷居が高いと思っている方もいるでしょう。 でも歌舞伎にしても文楽にしても昔は庶民の娯楽でした。芸が芸能になり芸術になってしまうともはや文化の領域で自分とは関係ない世界のものと思ってしまったら人生の楽しみは半減します。 このコラムは観客歴40年以上という篠原安心院(しのはらあじむ)さんが、独自の視点で作品を楽しむポイントや役者の話、作品の背景からチケットの買い方、劇場の席を選ぶ方法などがわかる古典芸能をすんなり楽しむためのポイントを優しく親切に教えてくれるコラムです。 安心院さんの厳しくかつ軽妙な文章を読めば、いつしかあなたも古典芸能通になれます。お楽しみに!
2009 年 10 月 のアーカイブ

Vol.138 文楽  「 船底と二重 」

2009年10月30日(金)

  歌舞伎の舞台に慣れて来ますと、その舞台の基本の構造はどれも良く似た形である事にお気が付かれると思います。即ち、舞台の面をそのまま使った空間と、奥に設えられた家屋の部屋の中と思われる空間の二種類の場所を上手く使います。舞台前面に広がる箇所は、平舞台とか平土間等と呼ばれます。ここに薄縁を敷き詰めますと室内の風景が広がりますし、何もしなかったり或いは土の風合いを持った布を広げますと屋外が見えて来ます。この部分の奥に一段高く造られているのが屋台とか二重とか呼ばれる場所でして、一格位の高い登場人物が芝居をする場所になります。この屋台の下手側(向って右側)に障子等で区切られた小部屋があります。時代物と世話物で屋台の高さ等に細かい工夫が施されますが、基本はこんな骨組となって居ます。例えば「寺子屋」では、主だった芝居は多く平土間で行われます。松王と戸浪がぶつかって「無礼者め!」も、源蔵の「せまじきもの」も、お目当ての首実検も皆この前の部分での芝居です。一段上は、この場で一番偉い菅公の息菅秀才の居所となります。

 

 さて、人形芝居に於きましても基本の舞台設営は上記の通りとなりますが、生身の役者が立ったり座ったりして芝居する歌舞伎とは異なり、実際の人間の姿の2/3位の大きさの人形を遣いますので、何も工夫の無い舞台に人形を持って出て来ますと、人形が立って居る時でも人形遣いは身を屈め無ければならず、これが座った時はもっと背を低くしなければならなくなります。こうなりますと遣っている人形方も大変ですし、見て居る観客も大いに違和感を持ちますね。実は、文楽の舞台の構造にはこの様な事態を上手く回避する卓抜な工夫がなされて居ます。それは、人形の足の位置からかなり低く床の面が下げられて居る事なのです。

 

 文楽の舞台を真上から見ますと、先ず観客席側の舞台の際に一本“手摺り”と呼ばれる目隠しが左右に走って居ます。その直ぐ後ろにもう一本“手摺り”が走っていて、この二本の手摺りの間を定式幕が動きます。さて、二本目の手摺りの内側は、舞台面より1尺2寸(約36cm)低く床が張ってあり、舞台面から1尺6寸(48cm)の高さが手摺りの上の高さになります。この部分を舞台面が掘り下げてある事からでしょう「船底」と呼びます。そしてこの手摺りの上の高さが、平土間に於ける人形の足の位置となります。即ち、床の面の高さから約84cm上が、人形の足の位置となります。さて、この船底の手摺りの後ろにもう一本手摺りがあり、この高さは船底を掘り下げただけ(即ち約36cm程)船底の手摺りより高くなって居ます。そして人形を遣う床の高さは舞台面そのもので、即ち、こちらも人形遣いの立つ位置より約84cm高い処が人形の足の位置となり、この部分を屋台とか二重とか呼んで、屋敷や部屋の中となる訳です。

 

 この船底でも二重でも、手摺りの後ろの約84cmの、観客の目から隠された空間が中々重要な様なのです。ここを黒衣姿の介錯(歌舞伎の後見)が動くのが時折感じられます。煙草盆等の小道具を用意して渡したり、その小道具を置く台を持ってきたり又片付けたり、都合良く使って居るのです。又、平土間と屋台の間は、歌舞伎ですと時代物と世話物とでその高さが違ったり、又、階段が付いていたりしますが、人形の場合には、世話物の屋台も時代物の御殿等の二重も同じ高さの36cmで決まっています。時々人形遣いが“ホィッ”と上がったり降りたりするあの動作のみな訳です。

 

 見ていて全く自然に見える人形芝居も、実はこんな工夫の積み重ねの上にその自然さが担保されて居るのであり、古典芸能に込められた之までの人々の思い入れの深さを考えたりします。

posted by 篠原安心院 at 10:09AM
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Vol.137  歌舞伎 「 狂言 《二》 」

2009年10月22日(木)

 

 前回は、能狂言と並んで使われる意味での狂言と、狂言強盗の様に使われる狂言と、二つの使われ方での“狂言”を考えて見ました。今回は続きまして第三の使い方に関してです。実は歌舞伎の世界では、この第三の意味での使い方が一番頻繁に出て来るかも知れません。それだけに、前回見た二つの意味から推し量ろうとすると、時に戸惑いを感じるのが、この三つ目の使い方です。

 

 それは、一言で言えば「作品」と言う意味で使われる使い方です。例えば「狂言立て」と言いますと、これは上演する演目の並べ方を意味します。「通し狂言」とか「みどり狂言」とかは、その内容を言います。この事は既にVol.61 (08年5月1日)で取り上げて居りますが、その書き出しに「狂言組に関する事」と書きましたが、これは「狂言立て」と書いても良かった事です。

 歌舞伎の世界でも、昔は今よりもずっと色濃く季節が意識されて居た様で、この季節を表す言い方に、「正月狂言」「弥生狂言」「盆狂言」「秋狂言」「顔見世狂言」等が数えられます。観客はこれらの唱えを見ただけで季節を知りその季節にあった出し物を思い浮かべワクワクした事なのでしょう。

 取り上げる劇の性格から分けますと、歌舞伎劇は大きく二つに分類が可能です。即ち「時代狂言」と「世話狂言」です。これは喜劇か悲劇かと言った劇の性格と言うかジャンルに関する言い方で、歌舞伎の世界では時代物とか世話物とか言う言い方に沿った使い方と言えますね。その出し物を知らなくとも「時代狂言」と案内にあれば、ある種の約束を踏まえた雰囲気を想像出来ますし、「世話狂言」と言われれば、幾つもの世話物の傑作の世界が頭に浮ぶものです。

 その他、裏方の中には「狂言作者」が居ります。彼は、担当の出し物のその時の台本を作り、実演の折にはプロンプターの役割も兼ね又劇の進行に合わせて柝を入れると言った舞台監督がそのお役柄と言えますが、語源的には近松の様に座付きで劇そのものを書き下ろした劇作家だったと考えられます。

 また、ある出し物に合わせて作られた幕の事を「狂言幕」と言ったりもする様であります。

 

 これらの使われ方、つまり作品と言う意味で使う「狂言」には、最早滑稽劇の意味も在りませんし、嘘っ八の意味も無い訳です。と共に、その使われ方は、かなり融通無碍でありまして、作品とか演目とか言えばそれこそスッキリと判り易い時に、態々「狂言」と言う言い方を使いますので、何と無くアレッと思う事があるのです。これは、若しかすると最初の能狂言の意味での狂言の持つ言葉の風味と言うか風格を懐かしんで使うのかも知れません。

 

 国立劇場や歌舞伎座に行きまして、プログラム(歌舞伎では筋書きと呼びます)を買いますと、俳優さん達の談話から、種々の説明まで、「狂言」と言う言葉が散見されます。多くの場合には、今回の作品と言う意味で使われた「狂言」だと思ってお読み下さい。

posted by 篠原安心院 at 08:20PM
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Vol.136 歌舞伎  「 狂言 《一》 」

2009年10月15日(木)

  芝居の本を読んだり俳優の芸談を聞いたりしますと、“狂言”と言う言葉が良く出てきます。実は芝居とは直接関係の無い実社会に於いても時に使われます。今回はこの“狂言”に付いて考えて見ましょう。

 

 “狂言”と聞いて先ず第一に思い出すのが、能・狂言と並べて使われる言葉としてでしょう。この狂言は、歌舞伎よりはずっと古く、中世に起源を持つ芸能であることはご承知の通りです。能と一緒に上演される滑稽な劇ですね。この狂言も、能に挟まれる形で独立に演じられる事もあれば、能の前ジテと後ジテの間に(シテ役の扮装等を変える為の時間調整として)、短い狂言が演じられる事もあります。これを間狂言(あいきょうげん)と呼びます。さて、この狂言ですが、歌舞伎とも大変に縁は深く、そもそも歌舞伎発生の昔には、狂言師が歌舞伎の俳優を兼ねたり或いは転職したりのケースもあった様です。能狂言からの輸入演目は、多くは能舞台を模した“松羽目”と呼ばれる舞台(背景に老松が描かれて居て、その他特段の道具建ての無い舞台)で演じられます。狂言からは「身替り座禅」や「素襖落し」等が数えられます。また、能からの写しである「船弁慶」では、間狂言が演じられます。その他狂言からの影響は多く在りそうですが、その一つが発声法かと思われます。狂言師達の発声は素晴らしいものがありますが、これは“額から会場の後ろの壁に打ち付ける様に声を出す”のだそうで、この声の出し方のお稽古に通う俳優さん達も多く居るとの話です。ここでの意味つまり能狂言と言う意味で狂言と言う場合、役者さん達の中には、特に女形の俳優さんの間では、「お狂言」と改めて丁寧な言い方をする人も居ります。

 

 さて、実社会で“狂言”と聞きますと、これは、嘘・にせもの・虚構と言った意味に使われる事が多いですね。「狂言強盗」「狂言自殺」「狂言心中」等ですが、もっとご丁寧に「良く調べて見れば狂言で在る事が判明した」等とも使われます。この意味での狂言は、時に“芝居”と言い換えても通用する事が在ります。「良く調べて見れば芝居であった」と言っても殆ど同じ意味でしょう。つまり、この意味に於ける狂言と言う言い方も、芝居即ち歌舞伎の世界と近い形で使われて居る事が判ります。

狂言綺語と言いますと、元々は仏教関係の言葉であった様ですが、むしろ今では、“芝居の嘘”と言う意味から“芝居がかった言い方で表面を美しく言い飾る”と言った意味迄含みそうです。何れにしても、“真に尤もらしく見せる作り事”と言った意味に使われる時の“芝居”と言う言葉の故郷は、この“狂言”と言う言葉であり、実際の使われ方からもそれは窺い知る事が出来るのです。

 

 さて、この“狂言”のもう一つの使われ方に付いては次回に廻します。

posted by 篠原安心院 at 09:00PM
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Vol.135  歌舞伎  「 合引 (あいびき) 」

2009年10月9日(金)

  歌舞伎の舞台の上にはどうやら沢山の約束がありそうです。出し物が時代狂言と呼ばれる種類のものでは、特にこの格式の如き約束が重く、その上に様式の整った美しさが追求されて行きます。例を挙げますと、屋敷等の屋台(これを二重と言います)の上の方が、一段下の平舞台より格式が上です。同じ平面に並びますと、向って右側(上手側)の方が左側(下手側)より上になります。また、格式の高い人物の方が高く構えます、例えば仁王立ちになるとかです。格式の下の人物は当然に座ります。

 もう一つ大切な事柄は、演じて居る役者を如何に立派に見える様に工夫するかと言う点です。歌舞伎の舞台面は、歌劇場等に時々見られる様な、奥に行くほど高くなると言った傾斜が付いて居る事は在りませんで、原則水平の面の上で演技します。すると、奥の腰掛に座って居る主人公の前が空いて居てここで種々の芝居が展開する様な時には、何もしないと客席から観て(特に一階の席から観ますと)、主人公が後ろに小さく見える感じになります。これら二つの全く種類の違った要求を上手くこなすのが“合引”となります。これは、大・中・小の三種類の腰掛と思えば、その基本的機能は理解できます。

 

 先ず、一番小さな“合引”です。これは、桐で出来た小さな箱の上に小さな座布団が付いて居ます。高さは役者に依って異なるでしょうが、高々20cm位の小さなものです。役者が正座をしたり(陣屋の熊谷や盛綱等)先に挙げました縁台に腰を掛けたり(助六だの鬼一等)の折、役者の姿を大きく立派に見せる為に後見がこの合引を役者の腰の下に差し入れます。この一番小さな合引は専らこの役目で比較的頻繁に使われます。

 

 次に大きいのは、“中合引”と呼ばれるもので、小型の踏み台の様な形です。先の「盛綱陣屋」で早瀬がご注進を受ける時等に使われます。これは、身分格式の違いを視覚に訴える形での使われ方で、女形が使う時には赤い座布団が付いています。でも出て来る頻度はさして多くは在りません。

 

 一番大きいのは、“高合引”と呼ばれるもので、背の高い踏み台と言った形、その大きさから言っても観客席から良く見えますので、一番お馴染みかも知れません。寺子屋の春藤・松王だの忠臣蔵四段目の石堂・薬師寺だの、所謂上使と呼ばれる役目の人が、良くこれに腰を掛けます。これは役目から言っても又格式から言っても傲然と立って居るべき“偉い”人なのですが、立ちっぱなしでは姿が間抜けに見えるのと、まぁ役者さんもご苦労だろうと言った事から、この高合引に腰を下ろします。実はこれに座って居る人達は皆立って居ると言うのがその場の約束になります。ここでの使い方は、格式の差と役者を立派に見せると言う二つの目的を夫々上手く果たした使い方に思えます。

 

 これ等“合引”の類は皆黒く塗って在ります。これは、後見の黒と同じ意味で、見えていても“そこに無い物”であると言う約束の黒な訳です。また、こう言う極めて様式化された使い方は、時代物の舞台でこそ受け入れられますが、写実の芸を楽しむ世話物ではやや論理が合いません。世話物では、合引の出番は殆ど無いと言っても差し支え無いでしょう。

 

 「あの腰掛は何だろう」と思われた事は在りませんか。合引にはこんな約束が詰って居るのです。

posted by 篠原安心院 at 08:40AM
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Vol.134 古典音楽 「 コンサートマスター 《三》 」

2009年10月2日(金)

  コンサートマスターの仕事と言うか役目は、単に第一ヴァイオリンの先頭の席に座って、指揮者に一番近い処で演奏し、曲の始め等では楽団員全体の音合わせのリードをする人以上のものが在りそうだと、少しずつ思われて来ました。ですから、或る演奏会の途中で、コンマスが変わる事は先ず在りません。でも僕はこの珍しいケースに一度だけ出合った事を覚えて居ます。

 

 古い話になりますが、昭和38年(1963年)の3月の、N響の特別演奏会で、会場は新宿の厚生年金会館ホールでした。実は、前年の暮れにN響は、時の常任指揮者小澤征爾と問題を起こしまして、この年の年末恒例の第九の演奏会がキャンセルになったのです。この混乱のお詫びと言わば出直しの決意表明とも言えるコンサートが、その特別演奏会でした。指揮者は岩城宏之、曲目はブラームスの交響曲第一番と第二番でした。第一曲目は二番、出だしのホルンのファンファーレを千葉薫がいい音で鳴らします、それをフルートの吉田雅夫が何時もの二倍位口をへの字にして受けます。この時のコンサートマスターは若手花形の海野義雄でして、全軍を引っ張ります。小澤とのギクシャクした演奏を覚えて居ましたから、出て来る音の瑞々しさに驚いたものです。それよりも、楽隊全体が実に緊迫した情感の内で演奏して居る事が伝わって来まして、瞬きもままならない思いで聴いたものです。休憩時間の後が一番、この時コンマスが隣に座っていた坂本玉明に代わり、海野が第一列の奥の席に移りました。余り無い光景ですので、鮮やかに覚えて居ります。この坂本コンマスは、海野の先輩のコンマスで、海野参加後も、例えばこの丁度一年前に前任常任指揮者のW・シュヒターの最後の演奏会では、アンコールに“蛍の光”を演奏しましたが、その指揮をしたのが彼でした。N響の会員向けの会報誌「フィルハーモニー」の楽員紹介の項で、坂本は「技術や音楽性に於いても傑出したコンマスで、例えばブラームスの一番の第二楽章の長い独奏部分の演奏では、比類無い高みを常に示す」とか何とか書かれて居ましたので、そのブラ・イチだから彼に変わったのかな等と思った記憶があります。実際に、その部分のヴァイオリンの独奏は真に素敵なもので、未だに耳に残って居る思いがしますし、息を詰めて聴き入った覚えが鮮やかです。このヴァイオリンの独奏を坂本にと言うファンの声を慮って岩城が態々交代を指示したのだと長い事考えていました。その後、時にこの事を思い出す度に、あれこれ考えるのですが、今では多分N響が“出直し”的な決意を表明する方途として、二人の人気コンマスを一曲ずつ担当させる事で、“全員で意思を統一しています”と言うメッセージを発信したかったのかなと思って居ます。それ以降この様な事態に遭遇した覚えは無いのです。

 

 さて、コンサートマスターの仕事は、指揮者の分身として、曲全体の構成を確りと把握し、実際に音を出してリードする事でそれを全員に示すと共に、各瞬間毎の細かいニュアンスの移ろいも示す、そんな複雑にして重要なお役目である事が判ります。又、時々出て来る独奏部分では、技術的には勿論音楽的にも優れた演奏をして見せなければなりません。こう言う資質は、そうです、室内楽のリーダーとして打って付けの資質とも居えます。ですから、コンサートマスター経験者が率いる弦楽四重奏団が世には数多く存在します。先の海野・坂本の二人も当時は、ヴィオラの奥邦夫、チェロの堀江泰氏の両トップ・奏者と共に「NHK弦楽四重奏団」を結成して居りまして、良く聴きに行ったものです。この他、世界に目を向けますと。

 

・    バリリ四重奏団。10台でウィーンフィルに入団し20台早々にコンマスになったW・バリリの楽団で、やや古い乍ら傑作録音をのこして居ます。

・    アルバン・ベルク四重奏団。これもウィーンのコンマスであったG・ビヒラー主催の四重奏団で、つい最近も東京で名演を聞かせました。

 

その他、本当に数多くの同種のグループがコンマスに率いられて演奏活動をして居る事と推測します。

 

 さて、そろそろコンサートマスターのお話は一先ず終りとしましょうか。

posted by 篠原安心院 at 09:06AM
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