古典芸能入門 » 2009 » 3 月

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古典芸能入門

歌舞伎、文楽、落語に能、クラシックコンサートといわれると、なんだか敷居が高いと思っている方もいるでしょう。 でも歌舞伎にしても文楽にしても昔は庶民の娯楽でした。芸が芸能になり芸術になってしまうともはや文化の領域で自分とは関係ない世界のものと思ってしまったら人生の楽しみは半減します。 このコラムは観客歴40年以上という篠原安心院(しのはらあじむ)さんが、独自の視点で作品を楽しむポイントや役者の話、作品の背景からチケットの買い方、劇場の席を選ぶ方法などがわかる古典芸能をすんなり楽しむためのポイントを優しく親切に教えてくれるコラムです。 安心院さんの厳しくかつ軽妙な文章を読めば、いつしかあなたも古典芸能通になれます。お楽しみに!
2009 年 3 月 のアーカイブ

Vol. 108 「 指揮者 《一》 」

2009年3月26日(木)

 オーケストラやオペラの実演を聞きに参りますと、全部用意が整った舞台にやおら指揮者が出てきまして、拍手が入ります。指揮者は、客席に一礼すると楽隊に向って姿勢をただしてから一瞬間を置いて、曲が始まります。この風景には全く慣れて居りまして、指揮者とは誰だとは通常思いません。でも、考えて見ると妙な人でして、一人だけ客席に背を向けて居ますし、それより何より一人だけ音を出さないのです。良い演奏ですと大きな拍手が入りますが、指揮者はこの拍手を独り占めにするが如く全身で受け止めて、頭を下げます。でも何回も言う様ですが、彼が出した音は無かったのですね。

 

 この指揮者なる存在は、今や僕達はクラシック音楽の内のちょっとした規模の演奏には、その曲が書かれた頃、つまり遥か昔からあった存在に思っていますが、そうとも言えそうですが、そうで無いとも言えそうです。つまり、曲の始まりやスピードを指示する人が楽隊の中に居たと言う意味では、指揮者は昔から居たと言えますし、指揮者として専門的に(つまり音を出さないで)指示のみを楽隊に与える人の存在は、19世紀の中頃以降の話の様なのです。その指揮者の存在が段々重さを持ち始め(大規模で複雑な曲が書かれ始めた事も理由の一つで在りましょう)、今や「悪いオーケストラと言うものは存在しない、存在するのは悪い指揮者のみである」と言われる位になったのです。

 

 指揮者としての逸話の古い話の一つは、17世紀のフランスで宮廷音楽家として名声をほしいままにしたリュリの話があります。彼はフランス・バロック音楽の時代の作曲家で多くのバレー曲を残して居りますが、どうやら長く重い杖の様なもので指揮をしたらしいのです。この杖を床にドンドンと打ち付けてリズムを指示したと思われます。某日誤って自分の靴に打ち付けて仕舞い中の足指を怪我します。この怪我が元で、壊疽とも破傷風とも言われますが、病気に罹り死んだと伝えられて居ります。

 

 このリュリもそうですが、始めの内は作曲家が同時に音を出す演奏家でもあり且指揮者でもあった様です。ですから指揮棒も流石に杖の如きものは使わなくなったとは言え、ヴァイオリンの弓を使ったり、紙を使ったり短い棒を使ったりした様です。その内指揮棒を持って指揮に専念する人が出ますが、殆どが作曲家自身でした。と言うのも、彼はこの曲を作った人として特別視されたのでしょうが、若しこの時代に指揮専任の人が指揮しても、彼は音も出さないとさして重く見られた訳では無かったらしいのです。この指揮専任の指揮者、つまり職業としての指揮者は、19世紀中頃以降に活躍したハンス・フォン・ビューローと言う人から始まると言われます。ベルリン・フィルの初代の指揮者であるビューローは、ロマン派の音楽家・作曲家として音楽史に名を残した人々の伝記の何処かに必ずと言って良い程登場する人で、その内に詳しく一稿として纏めようと思っています。

 

 処で我が国の代表的なオーケストラの一つであるNHK交響楽団は、長くドイツ・オーストリーから指揮者を受け入れその出す音場は極めてドイツ的なものなのです。そこへ1996年から、デュトアが常任指揮者となり、デュトアの音を出す訓練がなされたのだと推測されます。暫く前からデュトアは常任を離れましたが、比較的頻繁に指揮をします。すると、他の指揮者とでは伝統的なドイツ風な音を出すN響が、デュトアとの時には、フランス風な音に聞こえます。思い込みの錯覚だと笑われそうですが、それこそこんな時には目を瞑って聴いて下さい。勿論基礎体力として確りとしたN響である事は変わりません。その上に香る風合いの様なものが、違って聞こえます。なるほど指揮者とは、偉い存在なのだと思う訳なのです。

posted by 篠原安心院 at 05:40PM
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Vol.107  「 拍手 《二》 」

2009年3月19日(木)

 その昔の人気映画に「鞍馬天狗」と言うのがありました。戦前から戦後にかけて何本もシリーズで作られまして、主演の嵐寛寿郎(アラカン)と言う名と共にご記憶にある方も居られると思われます。僕は何故か小学校の時に学校で“映画教室”なる時間に見に行った覚えがあります。この映画で楽しかったのは、主人公達が危機に陥ると、何処からとも無く白馬に跨った鞍馬天狗が出て来るのですが、この時映画館中を揺るがすが如くに大拍手が入る事でした。映画ですから画面は既に確定して居る筈ですね、その画面に向って拍手をすると言うのが、子供心にも不思議に思えたのです。

 

 新劇と呼ばれるジャンルで取り上げられた西洋の古典劇を、シェークスピアが中心でしたが、観に通って居た時代がありますが、この中で俳優達の演技に沿って盛り上がりの瞬間に手が入った印象は在りません。そんな事をしないのが当時のお作法であったのか、それとも元々シェークスピアはそんな作劇法に依らなかったのか、どうも後者では無いかと思います。これは後年ロンドンで何回も観たシェークスピア劇に於いても手が入った覚えは無いので、そう思うのです。

 

 歌舞伎に行って最初の内に驚いたのが、この盛り上がりの瞬間に大きく拍手が入る事でした。「何だ、鞍馬天狗と同じか」と思った印象が鮮やかです。最初に見た演目の一つの“勧進帳”では、先ず富樫の出で手が入ります(勿論掛け声も多く掛かります)。進んで、義経一行の出があり、花道に、客席に背を向けた形で先ず並びます。ある切っ掛けで全員が回れ右をして客席の方へ向き直ります。ここでは全館から盛大な拍手が入るのです。掛け声も雨霰と降ります。いよいよ始まるぞとの観客の期待が集中するのが、客席に居て良く伝わります。役者さん達もこの拍手で“乗って来る”のであろうと想像されます。こうした交流が舞台と客席の間で成立して、歌舞伎の劇が盛り上がり進むのです。そんな経験が重なり「何だ、鞍馬天狗と同じか」と言う考えは直ぐに消えました。むしろ積極的に拍手に参加して、舞台との一体感(錯覚にしても)を味わう事にして居ます。

 

 文楽では、歌舞伎に比べると拍手の入る瞬間は少なく感じます。先ず幕が開きますと、幕開けの拍子木を打って居た黒子姿の介錯人が口上を述べます。「この処何々の段、語ります大夫は何某大夫、三味線誰々にて相勤めます」てな具合ですが、ここで拍手が入ります。後は、劇の進行に沿って、お目当ての人形方が出て来ると短く手が入ります。普通はその位です。浄瑠璃の中で大きく盛り上がる処が在りますが、ここで拍手が入る事があります。この大夫と三味線に入れる拍手は、どうやら大阪の方が頻繁に入りそうです。東京のお客さんは、劇中で手を入れるのは余り上品で無いと思われて居るのか、回数も拍手の大きさも大人しい感じがします。住大夫等は、「お客さんから大きな拍手が入りますとそれは嬉しいもので、語りにも一段と力が入るものです」と語って居ります。と言う事は、若しかすると拍手が無いと通り一偏の演奏になる処が、お客さんの手に依って熱演を引き出す事も在りそうなのです。

 

 掛け声もそうなのですが、この劇中での拍手も、やや我が国の古典芸能に独特は風習とも思われますし、良いタイミングで良い拍手が入ると、舞台の上にも良い影響が現われ、名演に繋がるかも知れません。筋書きだの床本等で予習をして置いて、盛り上がる場面を上手く捉え、精々大きな拍手を演者達に送ると、その見返りも大きいのかなと思われます。

posted by 篠原安心院 at 10:19AM
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Vol.106  「 拍手  《一》 」

2009年3月12日(木)

 元旦恒例のウィーンからの中継「ニュー・イヤー・コンサート」に、曲が始まった後に拍手が入る所が二箇所あります。最初は、プログラムの終り近くで、弱音の弦のトレモロが鳴り出す時です。これは、「美しき青きドナウ」の冒頭であると、良く知った観客が“待ってました”と拍手をするのです。指揮者は通例ここで一息オケを止めて、拍手が鎮まるのを待って又始めます。もう曲が終わるまでは、誰も叩きません。もう一回は、アンコールの最後「ラデツキー行進曲」の時です。小太鼓の連打が始まりますと、“来た!”と叩き始めます。この曲の時は、曲が進んでも指揮者が「ハィッ」とばかりに合図を出して、曲のテンポに合わせた拍手が何回も大きく入ります。お祭騒ぎの最後としてはとても良い演出だと思いますが、あの曲には全く別の思い入れがウィーンの人にはあるのだと、聞いた事もあります。

 

 始まった曲の中で拍手が入るのは尋常では在りませんで、僕は聞いた記憶はあまり在りません。音楽教室の発表会や、学校の文化祭等で独奏部分が上手に行くと拍手が入る事がありますが、多分演奏者の友人等でしょう。通例のコンサートでは先ず全く在りません。曲が進行中の時は曲に集中して聴き、終わってから、終わった演奏を振り返り乍ら拍手をするのが常識です。この拍手の入れ方にも、曲に依ってかなり違いが在りそうです。

 

 良い例がチャイコフスキーの交響曲第六番「悲愴」です。曲は、弦の低い音が極く弱音で引きずる様に鳴り、更に弱くなり消える様に終わります。ここで「終わった」とばかりに拍手が入ると、この曲の終りの雰囲気を壊します。ですから、曲の終わった後の静寂の数瞬も曲の一部と言うべきでしょう。指揮者も中々指揮棒を下ろしませんし、楽隊も息を詰めて身じろぎもせずに耐えています。指揮者が指揮棒を下ろし、楽隊員が肩から力が抜けるのを見て、やおら拍手が始まるのです。アメリカでは、これでは景気付けが出来ないとばかり、この曲に限り行進曲風の第三楽章が終わるや盛大に拍手をする事もあるそうですが、僕は未だこれには出会って居ません。

 

 協奏曲の処でお話しましたが、独奏楽器を伴うオーケストラに依るソナタが協奏曲でした。そしてその第一楽章は通例ソナタ形式で書かれて居り、曲の構成も大きく独奏の活躍も華やかに書かれて居ります。協奏曲で一番聴き応えがあるのがこの第一楽章である事が多いのです。楽章の終り近くでは、カデンツァと呼ぶ部分が入り独奏者が腕の限りを尽くした名人芸が披露されます。これもアメリカでの話しですが、この第一楽章が素敵に演奏された時には、楽章の終りと共にここで拍手が入る事が少なく無い様です。確かに本当に良い演奏に出会いますと手を入れたくなりますが、これも僕は実際の場面での経験は在りません。

 

 機嫌の良い曲想の曲が景気良く且格好良く終わった時には、間髪を入れずと言ったタイミングで手が入ります。これも上手に極まりますと大変に気持ちが良いもので、後から一緒に叩いて居て、僕の気持ちを代弁してくれたと、何と無く嬉しいものです。

 

 モーツアルトのヴァイオリン協奏曲の第三番の終わり方は極めて洒落た形になっています。“もう少し聴きたいな”と思わせつつ、“後、一くさり続きそう”との期待を持たせた瞬間にフィッと終わります。次の瞬間にポンと拍手が入ると多分演奏者達も嬉しいのでは無いかしら。もう40年も昔ロンドンで、この曲の大変に良い演奏に出くわしまして、平土間の真ん中から僕はポンと拍手を始めました。何とこの時僕は一人で三つ叩いたのです。結果的には格好良かったのですが、瞬間ドキンとした事も確かで、僕の四つ目に全館を揺るがす様な拍手が一緒に入って来たのに、ホッとした記憶があります。

 

 良い演奏には心からの拍手を送りたい、基本はそれだけです。そのこちらの気持ちを何とか伝えたいと、タイミングをきっちりと測って拍手のリードを取る、最近はしなくなりましたが、昔は僕も時にやったものです。その瞬間演奏者達との一体感が味わえるかも知れません。

posted by 篠原安心院 at 09:38PM
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VOL.105  「これからの予定と計画」

2009年3月5日(木)

 快適人生広場も皆様の御支持とご支援の結果三年目を迎えました。僕が受け持って居りますこのコーナーも、毎週新しいテーマのお話をご紹介致しました結果、総回数が100回を超えました。この間本当に沢山の方々から励ましのお言葉や貴重なご示唆を賜りました、有難く改めて御礼申し上げる次第です。

 

 さて、フロント・ページのデザインが変わったのにお気づきの事と思います。各コーナーの今後の予定や企画に関しても、之までと少し変わりました。僕のコーナーに関しては、丁度100回位を超えた事もあり、これからは少し違った形でお届け致そうかと思って居ります。

 

 約100回を二つに分けますと、最初の60回位が、歌舞伎と人形浄瑠璃を中心とした我が国の古典芸能への言わば入り口のご紹介でした。その後の40回位が、今度は一転しまして、西洋の古典であるクラシック音楽に関するこれまた入り口のご紹介でした。実は、これからこれらの古典芸能を楽しみたいと思われる方々への、ご案内の必要なテーマは実は未だ々沢山あります。今後ともそんなお話が出て来ます。それと共に、各演目に付いての具体的なご説明は、義太夫狂言の三大名作以外は、手が回って居りません。之までの様に、一区切り付くまでずっと文楽や歌舞伎、一段落するとずっとクラシックと言うのでは、どちらか片方によりご興味をお持ちの皆様のご期待に十全に沿ったお話の展開の方法とも思えないのです。

と言う事で、言わば基礎編が一段落したと言う事にして、今後は日本の古典と西洋の古典をラフに言って交互に載せて行こうかと考えて居ます。その中に、両分野の個別の演目の解説や紹介も逐次含めて行きたいと企んで居ります。つまり今後は話題が毎週アチコチに飛びます。然し乍らどんなに飛んでもお話の範囲は之まで取り上げた分野を大きく超える事は在りません。その点はご安心頂き之まで同様にお付き合いを願えればと考えて居ります。

 

 もう一つ、大きな展開の計画に付いて申し上げます。

 

 僕のコーナーは、画面のデザインが通例の所謂“ブログ”の形態となって居ります。つまり、僕の書き込みに皆さんからコメントやご意見をお寄せ頂ける様なボックスが各画面の下に出て居ります。然しながら、皆様ご承知の迷惑メールの洪水への対処の方針が技術的に定まらず、今の処このボックスは、使用不能になって居りました。どうやら、技術面での解決の目処が立ちましたので、遠からずこの機能を生かして、僕のコーナーをフルにブログ化しようと思って居ります。そうなりましたら又ご案内申し上げます。

 

 いずれにしてもご支持下さる皆様のお力が無いと発展も展開も在りません。どうか今後共宜しくお願い申し上げる次第です。

posted by 篠原安心院 at 10:46AM
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