この組曲と言うのも、良く目にしますね。例えばコンサートのチラシ等で。さて、組曲とは何だろう、何かが組となって居るらしい事は想像出来るけど、何か約束やお作法があるに違い無い、そんな事を思った事は在りませんか。そうやって見るとこの「組曲」と言う言葉は、大変に多くの使われ方をしていて、統一的な理解に結び付かない、そんな風に思われた事は無いでしょうか。実はそのお感じは大変に正しいのでありまして、その位雑にと言うか自由にと言うか気儘と言えば言いすぎでしょうが、作曲家の好きな風に使われて居る感じがします。
古典派以前のバッハは、この組曲を幾つかの舞曲の集合として作曲した時に使いました。管弦楽組曲だの無伴奏チェロ組曲やイギリス組曲等がこの範疇に属します。その場合の組曲は、アルマンド・クーラント・サラバンド・ジーグの四つの舞曲が中心をなして、これに他の舞曲が加わったり序曲が付いたりしています。基本は舞曲の集まりですので、気軽に聞いて楽しめる曲作りとなって居ます。管弦楽組曲は僕の良く掛ける曲の一つなのです。
ロマン主義の時代になりますと、バレーやオペラの曲を何曲か取り出して、オリジナルの形とは違った形、即ち演奏会形式に纏めなおした曲が「組曲」なる名の下に発表されています。時には、歌や合唱が入る事も在りますが、多くは管弦楽での演奏が前提の曲作りとなって居ます。例えば、ヒゼーの「カルメン組曲」だの「アルルの女組曲」がこの範疇に入ります。その他、グリークの「組曲ペール・ギュント」、チャイコフスキーの「白鳥の湖」「くるみ割り人形」、ラベルの「ダフニスとクローエ」等です。カルメンやチャイコフスキーのバレー曲等は、多くの]場合管弦楽で「組曲」として先に耳に親しんで置いて、後にオペラやバレーで全曲を聞く事が多いと思われます。これ等のオリジナルの舞台を見ていまして、知っている曲が出て来ますと、「そうかあの曲はこの場面で使われるのだ」と、やや二重に楽しんだり致します。
これ等の他に、管弦楽の為に元々組曲として作曲された曲も何曲もあります。この場合、基本的には形式は自由でありまして、多楽章となっており、何らかの標題性が付いているのが特徴でしょう。交響詩の処でも触れたスメタナの「我が祖国」等がその例で、例えば全六楽章建ての曲の第二曲が交響詩「モルダウ」である、こんな風にも整理する事が出来ます。その他の例としましては、
・ リムスキー・コルサコフ 「シェーラザード」
・ プロコフィエフ 「キージェ中尉」
・ イベール 「寄港地」
・ ホルスト 「惑星」
等が挙げられます。どれも作曲家は管弦楽を書く事の大変に上手な作曲家達でして、その作曲の技の冴えを十分に堪能できる曲となって居ます。
さて、バッハの処で触れたイギリス組曲は、ピアノ(乃至ハープシコード)の為の曲となって居ます。近代の作曲家でピアノの為の「組曲」と名付けた曲の一つが、ドビュッシーの「ベルガマスク組曲」であり大変に魅力的な曲なのです。その他彼はピアノの為の組曲として「子供の領分」がありますし、同様の曲としてシューマンが「子供の情景」を残して居ます。何れも大変な名曲であり且判り易い曲作りとなっていて、これ等の曲をチラシに見つけますと、とても行きたくなるのです。
総じて付き合い勝手の良さが組曲の最大の特徴かも知れません。
少し絶対音楽の肩を持った様なお話が続きましたので、ここらで標題音楽にも敬意を表して、その代表的な表現形態である「交響詩」を見てみましょう。
ロマン主義の主張は、「古典時代の表現形式を打ち破って、新しい主張を盛った新しい表現形式を探した」と、先に申し述べました。例えば、大きな管弦楽に依る纏った楽曲が交響曲でしたね。そしてその交響曲は、大概四つの楽章から出来て居て、中で第一楽章(時には終楽章も)は、ソナタ形式で作られて居ると言いました。つまり、これが“古典時代の表現形式”な訳です。これを形式的に打ち破るのであれば、簡単です。単一の楽章で終りにしたり、多楽章の曲を構想したりすれば良い訳です。或いはソナタ形式で無い形式を捻り出せば良いのです。何だそんな話かと思われるでしょう。僕もそう思いました。でも当事者には大変な事であった様で、夫々大いに悩んだり、清水の舞台から飛び降りる覚悟で作曲したらしいのですね。
その単一楽章に依る楽曲で、詩的な内容とか絵画的内容を、音で描く事を目的とした曲を「交響詩」と名付け、一つのジャンルにしたのは、ピアノの大名人であったリストの様です。彼は「前奏曲」以下13の交響詩を書いたと言われます。その「前奏曲」は、何かのオペラの序曲かと思うと大違いで、フランスの詩人の一句「人生は死に至る一連の前奏曲に過ぎない」と言う文章に触発されて、この一句の内容と思われる事をリストなりに纏めたものの様であります。聴いてみますと、その詩人の句にはある種の同感が持てても、リストの曲には違った思いを持つかも知れません。なにしろリストの人生観ですから。でも、そんな詩文から離れて聴くと違った魅力が聞こえるかも知れませんよ。この他の、彼の作った交響詩もどうやら同様な思い入れが夫々にあるらしいのです。
さて、この交響詩と言う形式は、何しろ一つだけ楽章を纏めれば良く、加えてややこしいソナタ形式等と言うグラマーも守らなくて良いので、ロマン主義の時代には沢山書かれます。特に、民族意識が高まり絶対王政からの脱却を目指して居た多くの周辺国の作曲家が、民族意識を高揚させる意図で良く取り上げた事もあったのかと思われます。個別の曲のご紹介は、その内にポツポツと始めますが、ここで交響詩の人気曲を幾つか並べてみましょう。
・R・シュトラウス 「ドンファン」、「英雄の生涯」「ツアラトストラはかく語りき」「死と変容」等
・ドビッシー 「海」
・ボロディン 「中央アジアの平原にて」
・ムソルグスキー 「禿山の一夜」
・ドボルザーク 「水の精」「野鳩」他多数。
・スメタナ 「我が祖国」(この第二曲が“モルダウ”です)
・シベリウス 「フィンランディア」
・レスピーギ 「ローマの松、以下三部作」
・ラベル 「ラ・ヴァルス」
・ファリャ 「スペインの庭の夜」
こう並べますと、魅力的な曲が多いですね。オーケストラの主要なレパートリーの分野である事が納得出来ます。と共に、これら文章的な案内を知った上で、聞こえて来る楽曲の音の世界に遊ぶと言う、やや高級な楽しみ方が、日本の人達は好きだし、上手なのだと思います。我が国での人気曲でも在るのです。
先日高名な哲学・思想史の専門家が音楽の芸術性を語る機会に出くわしました。彼のお説には全く賛成は出来なかったのですが、論は面白かったので、ご紹介方々僕の考えを述べて見ようかと思います。
その先生に依れば「音楽はベートーヴェンから芸術となった」どうもこれが結論の様でした。理由は二つありまして、一つは演奏家の演奏する場所。モーツアルト迄は、音楽は園遊会や食事のパーティー・舞踊会等の添え物であって、だから彼らの演奏する場所は、これ等の本来的な集まりの目的に邪魔にならない場所、大広間の片隅だの大きめの出窓(アルコーブ)の中だのであり、観衆と同じ高さで演奏して居た。これに比べてベートーヴェン以降は、演奏する場所が舞台の上に上がり、観衆は平土間に演奏家に向かって座って、謹聴・拝聴する形となった。
今一つの理由は、之まで二回に亘って述べてきた絶対音楽と標題音楽の話であり、標題音楽を音楽家が書き始めてから、即ち音楽が思想を語り始めてから、音楽は芸術となった、と言うものでした。ならば、それ以前の音楽は芸術では無いとすると何だったかと言えば、これは「技芸」であったと言うのですね。技芸とは名人の職人芸を指す言葉の積もりで使った様ですが、何、西欧の言葉では、技芸も芸術も同じでラテン語の「Art」から来る言葉の様です。
この講演者は、音楽の現場を全く知らない文献だけの人かと思うとそうでも無くて、どうもアマチュアとしては中々のチェロ奏者の様ですし、時には音楽時評見たいなものも書いて居る人の様でした。
多分西欧の音楽美学学者の論の受け売りなのでしょうけど、こんなに偏った音楽美学の論は知りません。でもこの先生が大真面目で話した事ですから、若しかするとこの論が音楽美学の本流の論建てなのかも知れません(実はその位高名な先生ではありました)。
事細かに反論する積もりも在りませんが、一つだけ例示するので十分かと思います。標題音楽の処で触れたベートーヴェンの田園交響曲、その第二楽章、これは「小川の辺りにて」と題が付けられて居ると言いました。その通りでこの題は作曲者自身の付けた題なのです。先日若い頃のバーンスタインがNYフィルと長年に亘って放映した「青少年の為の音楽会」なる番組を見て居ました。中でこの楽章に触れ指揮者は「ここは“小川の辺りにて”と作曲家は書いて居ますが、これから演奏しますが小川を忘れましょう。では何をとお尋ねですか、そうですね“海辺、椰子の木陰、ハンモックの上”これで行きましょう」と言って、かなり長くこの楽章を演奏しました。適当な所で止めて「如何でしたか、海の匂いがしてきましたか」と聞くと、全館から「Yes」の返答が返って来たのです。
これが“思想”なのでしょうか、芸術と技芸とを分ける境目なのでしょうか。
確かに、先に触れました「茶匙だって音楽で描ける」と豪語したR・シュトラウスの例えば「アルプス交響曲」を聴きますと、彼の音に依る描写能力は凄まじいものがあると感嘆します。でも、だからと言って“芸術性”がその分高いとは全く思いません。むしろ言葉で何やかや作曲家が申し述べた曲程、その言葉の限界に感性が引きずられて、受け取る感激が狭まる様にさえ感じます。その意味で、時々出くわすのですが、演奏前に作曲家が作曲時の彼の意図を喋るのは止めたら良いと思います。「この楽章は火と炎がテーマです」等言うから、その楽章からは火と炎以外の音は聞こえなくなります。
僕は多くの場合、標題音楽でもなるべくその標題を頭から外して曲全体を絶対音楽的に聞く事が多いのです。そして多分その方が曲に酔える蓋然性がずっと高くなると思っています。
19世紀に入りますと、音楽は二つの面で急速に進展します。一つは楽器の改良です。弦楽器は、元々細かな音程(音の高さ)を出すのには苦労の無い楽器でしたが、この時代に音の大きさや出す音程を確実にする改良が進みました。管楽器は、もっと根源的に多様な音や音色が出せる様な大きな改良が為されたのです。結果は目覚しく、以前よりも大きな音が印象的に出せる、或いは複雑な半音を含むメロディーも楽々と演奏出来る様になりました。この改良に伴い二つ目に点である、演奏技術も目覚しく発展しました。その結果、音楽家達は以前よりもずっと豊かな表現力を我が物にする事が出来たのです。
「ワグナーはどんな微細な事も音に出来る。例えば、“相手の男性に捨てられた若い妊婦の不安げにおろおろした眼差し”、そんなものも音楽で表現する」と言ったのは確かニーチェでは無かったかと思います。近年のR・シュトラウスは、ご自身の言葉として「音楽で何でも表現出来る、例えば“茶匙”でも」と豪語して居ります。音楽はこの二つの例に見られるような豊かで多彩な表現能力を持つに至ったのです。
ロマン主義の時代とは、一言で括ると「古典時代の表現形式を打破して、思想上の自由解放を、自我の自由な表現を通じて我が物にしようとする文芸・芸術の動き」と言えるかも知れません。この思想的な運動が音楽に影響を持ち始めた頃に、先に触れた表現力の拡大があった訳で、音楽家は得たりと自分の音楽に思想や情念・或いは特定の風景等、音楽以外の事柄を盛り込み始めます。その先駆けは多分ベートーヴェンだったのでは無いでしょうか。
彼以前にも例えばビバルディーの人気曲「四季」は、各楽章毎に作曲家の書いた短詩が書き添えられていて各楽章の持つ雰囲気や内容を指し示していますので、その意味では立派な標題音楽です。
でも、ロマン主義の文明の流れの中で、音楽でどこまで思想を描けるかと言った問題意識を明確に持った音楽家は、ベートーヴェンからの様に思えます。彼は手始めに交響曲第六番で、各楽章に内容を暗示する標題的な書き込みをしています。例えば、第二楽章は“小川の辺りにて”と書かれています。そう思って聞くとそう聞こえて来ます。中で小鳥の鳴声が現れたりします。彼は、こうした試みで音楽に依る表現能力を確かめたのでは無いかしら。その集大成が第九交響曲なのでは無いかと思います。ここでベートーヴェンは歌詞を導入して思想そのものを語る事になるのです。
ベートーヴェンの後は、音楽に文学(乃至文字)が氾濫します。言葉を伴った歌曲の形も増えますが、器楽曲でも例えばベルリオーズの「幻想交響曲」であるとか、リストの交響詩「前奏曲」であるとか、その他本当に多くの曲がこの範疇で作られます。これ等の曲のCDを買いますと丁寧に作曲家の作曲時の思い入れが解説してあります。作曲家が自身で書いてある文言が各標題の中心をなしますから、これは確信犯的にそう言う意図で作曲されたと信ずる他在りません。
これ等の標題は、全く無い絶対音楽に比べると、聞く時の楽しみ方の手助けに大いになります。例えば秋らしい音楽を聴きたくなったら兎も角「四季」の“秋”を聞いてみるかと言った具合です。でも、必ずしも“秋”が聞こえて来なくてもこちらが間違って居る訳のものでも無いので、あまりがっかりする必要も無いのではありますが。
音楽が音楽でどの位音楽以外の事を僕たちに伝えられるか、そのために例えば今日の演奏は成功かどうか、そんな風に曲を楽しむのも、楽しみ方の一つなのです。