2007年10月25日(木)
僕が初めて歌舞伎の音楽に、語りを使命とする“浄瑠璃”と情景や情緒を唄う“唄”とに分けられると聞いた時、てっきり清元は“唄”に属すると思いました。つまり物語りや人物を語り分けると言うよりむしろ雰囲気や情緒を唄う事が多いからです。でも、物の本に依りますと、浄瑠璃の一派である豊後浄瑠璃から別れて、幕末の文化期に出来上がった新興の浄瑠璃の仲間だそうです。

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2007年10月18日(木)
今回も、劇場の音楽です。
幕が開くと、舞台の奥は松羽目と呼ばれる能舞台写しの背景、正面に大きな老松が描かれている。その直ぐ前に緋毛氈の敷かれた雛壇、壇上下手側に見台を連ねて唄い手が上手側に三味線が居並ぶ、壇の下にお囃子方、下手側から太鼓・大鼓・小鼓・笛の四拍子が居流れる。ピンと張った緊張が伝わってきて、いよいよ始まるぞとの思いを新たにする。
ご存知「勧進帳」の幕開けの瞬間です。
この時、雛壇に居並ぶのが「長唄お囃子連中」で、彼らが演奏するのが長唄な訳です。長唄は謂わば歌舞伎の専属音楽隊的な性格を持ち、歌舞伎劇に登場する機会も、他の音曲に比べると遥かに頻度が多くなっています。

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2007年10月11日(木)
先にご紹介致しました三大名作を、義太夫狂言と言いました。
これは人形浄瑠璃の方が元祖で、後に歌舞伎に翻案して上演される様になった出し物の呼び方です。
まる本物とも言われます。

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2007年10月4日(木)
今年(07年)の5月に吉右衛門を座頭として「法界坊」が掛りました。
中で甚三が若い二人を預かって匿う事になり、三人で花道を引っ込む場がありました。
この時どうした訳か甚三の持った小田原提灯が燃え出したのです。どうするかなと思って見てましたら、甚三が「イヤ、これは燃えてしまいました」「如何致しましょう、大丈夫でしょうか」「何、良く知った道です、参りましょう」と言って提灯無しで引っ込みました。直後にこの場面に登場した法界坊が「何だか、焦げ臭いな」観客もこれには思わず笑ったものです。

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